2006年09月30日

古代の超高層建築

出雲大社の本殿は
むかしそれはそれは大きなものだったと言われます。
それは敷地の広さではなく高さ
その高さ約48m。なんと15階建て高層ビルを超える大きさだというのです。

そしてその本殿に上がるための階段が長さ100mもあったというのです。
実際の当時それだけの建築技術があったのかどうかは知りませんが
これが本当なら驚くべきことです。
その高層建築をCGで見せてくれるホームページがあるので紹介します。

http://www6.pref.shimane.jp/kodai/shinden/

この中にも書かれていますが
当時日本で最も高い建造物が出雲大社本殿だったのです。
ただ、縦長の建物だったため200年で6〜7度も
傾いたとも書かれています。
現在では平成11年にその裏づけでもある巨大な柱の
一部が発見されています。

出雲大社は古い時代から日本の頂点として
存在していたのだということは言えるのでしょう。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 10:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 山陰のいい所見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

サルでもわかる「出雲神話」

今、私の知人が「出雲神話」について調べています。
状況を聞くとかなり進んでいる様子
私もインターネットを利用したりして「出雲神話」に関わる文献を調べたりしていますが、本当に奥が深い。
…というか分りにくいのです。

出雲神話には多くの神々が登場してくるのですが、
まず登場人物が結構多い。
振り仮名がないと名前が読めない。
文献によって同じ読みでも漢字が違う。(どれが本当?)
などなど、感想を挙げれば山ほどある。

子どもの頃、「因幡の白兎」という絵本を読んだ。
これも出雲神話のひとつなのだが、
こうした形で噛み砕いてわかりやすく出来ないものか。
私の知らないところで、わかり易くしたものがあるのかもしれないが…

今回その知人がそれをやってくれている。
誰にでも判る「出雲神話」を作っています。
それの「英語版」も作って、ホームページで海外にも紹介していこう
って考えているのです。

もうすぐ誰にでも判る「出雲神話」の原稿が見れそうです。
今とても楽しみにしているのです。
でも大変な作業なんでしょうね…お疲れ様です。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 10:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 山陰のいい人見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

毎日続けることの難しさ

久しぶりの投稿です。
ブログを毎日続けることの難しさを痛感しています。
ちょっとした事情で日が空いてしまうと
ブログを続けることの緊張感が途絶えてしまう。

私は自宅ではブログを書けないので
事務所で仕事の合間に書くのですが
ここ2週間ほどいろんなことが重なって書けなかった。
やっと開放されたのだけど
今ちょっと緊張感が抜けているかも…

毎日ブログを続けている人は
本当にすごいと思います。
昔から三日坊主と言われ続けたこの私が
なんとか続けてきたのですが、一度切れると
「今日も書くぞ!」っていう勢いがなくなってしまって…

よ〜し。
今日から再起で書きますよ〜!!
山陰の良いとこ発見のこのブログ
「神々の国出雲」の話明日から再スタートです。
よろしく!
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 10:14| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

昔の出雲大社

今の出雲大社と呼ばれるようになったのは
1871年(明治4年)からの事のようです。
それまでは
「日本書紀」では天日隅宮(あめのひすみのみや)、
「出雲国風土記」では天日栖宮(あめのひすみのみや)
延書式神名帳には杵築大社(きつきのおおやしろ)
と称されていたとあります。

延書式とは927年に藤原忠平等によって
作られた国家の基本法の施行細則で、
それまでにあった諸制度に検討を加え
集大成した規則等が記された書物です。

この延書式の神名帳で、ただひとつの大社とされていて
867年(貞観9年)に正二位の神階を受けて
鎌倉中期以降には12郷7浦の広大な社領を有したそうです。

現在の本殿は大社造りの名で知られています。
伊勢神宮の神明造りとともに古典的神社建築様式として
国宝に指定されています。

出雲大社の歴史についての文献はたくさんあり
太古の昔から日本最大級の神社として
崇拝されていたということです。
調べれば調べるほど奥が深いのです。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 14:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 山陰のいい所見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

神秘の国「出雲」

出雲大社。
全国的に有名な縁結びの神様です。
この出雲地方では10月のことを「神有月(かみありづき)」と言います。
それ以外の地域は「神無月(かんなづき)」ですよね。

10月をなぜ神無月というかといえば
10月に全国の神様が一斉にこの出雲大社にお集まりになるからです。
だから10月は神様がいなくなってしまうので神無月。
ここ出雲は全国の神様がいらっしゃるので神有月なのです。

出雲地方はそういう意味ではとても神秘的な地でもあります。
出雲神話がたくさん残り、語り継がれ
神楽という形でも出雲地方(島根県東部)石見地方(島根県西部)
に残されてきています。

ギリシャ神話に劣らぬ出雲神話を
日本の多くに人に、世界の多くの人に知ってもらいたい
そう願っています。
私の仲間の方々が、今それに向けて少しずつ動き始めています。

出雲大社や出雲神話について
しばらく連載していきたいと思います。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 11:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

出雲ドーム

出雲市を車で走っていると遠くに白いドームが見えます。
すぐそのに見えるのになかなか近づかない
周りの建物との錯覚かそこにあるのに近づかない
…この地域では目にすることのない形の建造物

それが出雲ドームです。
平成4年にオープンしたこのドーム。
直径140.7m、高さ48.9m。日本最大級の木造建築です。
実際に中に入ってみると、本当にデカイ。
木でこんなでかい物が立っているのかと感心する。

dome01.jpg

出雲大社に代表される出雲の観光ルートにもなっていて
多くの観光客が訪れています。
世界初の移動方式の可動スタンドで
野球型のグラウンド配置から、
サッカー・ラグビー型のグラウンド配置に変えることができるという。

プロ野球が出来るほどの大きさではないのですが
これ以上大きな木造建築物が造れるのでしょうか?
見学料は大人が150円、中学生以下70円です。
150円払ってでも出雲ドームの内部は一見の価値あり。

posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 10:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月07日

ゴビウス

この前、「宍道湖」のなかで話題にした
ゴビウスっていう水族館があります。
宍道湖の西湖岸にあります。
ここでは、汽水(海水と真水の混ざった水)に住む魚を
たくさん見ることができます。

私も数度行きました。
入口から出口までいくつかのテーマに分けて水槽が並んでいます。
汽水に住む魚のゾーン
川に住む魚のゾーン
実際に触ったり出来る体験学習ゾーン
などがあります。

見ることのできる生き物は
魚介類100数種類3000点、鳥類27種40点、
昆虫類80種類240点。
水槽の数は54水槽と、それなりのスケールです。

島根県では、浜田に「アクオス」っていう水族館がありますが
わたしはまだ行ったことがないのでよく判りませんが
川魚や宍道湖に生息する魚を見せてくれるゴビウス。
私はとても好きです。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 17:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

玉造温泉

玉造温泉は、奈良時代初期に開かれた
日本でも最古の歴史をもつ温泉と言われています。
なんと出雲風土記にも書かれているそうで
「神の湯」とも呼ばれ大変な賑わいだったとされます。

江戸時代、松江藩は泉質もよく環境にも恵まれた玉造温泉に
別荘「お茶屋」を設けて代々の藩主が静養に訪れたとか
その頃、温泉の管理者「湯之介」が現れ
玉造温泉でも元湯・公衆浴場の管理などを行っていました。
松江藩から任された「湯之介」が大きな力をもち
玉造温泉の一切を取り仕切っていたそうです。

そんな時代もあったのですねぇ
私の思うにこの玉造温泉。本当に温泉っぽいです。
私の温泉街のイメージ・・・

温泉街の真ん中に川が流れている。
その川に朱色の橋が架かっている。

この二つははずせない私の温泉街像です。
これにぴったり当てはまっているのが好きです。

私のイメージの温泉街って結構ありますよね。
なぜ橋が朱色なのかは判りませんが
たくさん見てきた気がします。
皆さんの近くの温泉街はいかがですか?
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 山陰のいい所見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

松江しんじ湖温泉

松江で温泉といえば
玉造温泉を思い浮かべる人も多いでしょう。
市町村合併で玉造温泉も松江市になりましたが
それまでは八束郡玉湯町にありました。

玉造温泉は県外でも名前が知られていますが
松江しんじ湖温泉がちゃんとあります。ご存知でした?
大きな旅館、ホテルが宍道湖に面して並んでいます。

松江しんじ湖温泉は、泉質はナトリウム塩化物・硫酸塩泉で、
神経痛・筋肉痛・関節痛・動脈硬化・肩こり・慢性消化不良などに
効能があるといわれています。

松江城や塩見繩手など松江市を観光されたら
夕方の宍道湖を眺めながらゆっくりと食事をとって
温泉に浸かって日頃の疲れをとってください。

旅館街から道路を渡って宍道湖に面したところは
公園になっていて宍道湖沿いを散歩してもよいです。
朝、天気がよければこの散歩コースはとっても気持ちがいいはず
松江しんじ湖温泉に泊まったときの楽しみ方のひとつです。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 19:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 山陰のいい所見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

武家屋敷

松江城北側の堀川沿いに
塩見縄手(しおみなわて)という場所があります。
かつて松江藩二百石から六百石取りの
中老格の藩士の屋敷が並んでいました。
城下町では、縄のように一筋に長く伸びた道路のことを
縄手と言うのだそうです。

この塩見縄手は、今でもその当時の暮らしぶりを伝えています。
刀だんすやお歯黒道具をはじめ当時の家具や
生活用具などを展示しています。
松江市の文化財となっています。

nawate.jpg

玄関から座敷まわり、主人居間のあたりは
立派な造りになっているのに対し、
私生活部分はとても質素になっているなど
昔の武家の暮らしぶりが偲ばれます。

当時、武家屋敷の門から玄関までの内には
「盛り砂」が必ず設けてあったといわれています。
日本刀は普通使わない状態ではよく切れないことがあるので
一大事が起こった時、この砂に数回切りつけて
すぐに実戦に使用できるようにするための知恵だったようです。

こうした武家の時代の生活の様子を
当時の実際の屋敷のなかでバーチャル体験できるのです。
日本の文化の趣を感じさせてくれる場所です。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

堀川遊覧

前回紹介した松江城
その松江城の周りを大きく堀が巡っています。
築城と同時に造られた内堀と外堀は
当時から松江城下町の庶民の生活を潤してきた。

時には輸送の道として、時には人々の生活用水として
昔は白魚やアマサギなどの魚も生息していて
漁場としての役目も果たしていた。
戦後水質汚染がすすみこうした魚も姿を消してしまったが
近年、宍道湖の水を取り込むことでとても綺麗な川になりました。

この堀川に現在遊覧船が航行しています。
「堀川遊覧」は1周3.7kmこコースを50分かけて
ゆっくりと周ります。
私も1度だけ乗ったことがあります。
車では松江市内をよく走っていたのですが、
ちょっと目線が違うだけで全く別の町に居る錯覚に陥りました。

horikawa.jpg

船には屋根が付いていて雨の日でも乗れるのですが
遊覧の途中、その屋根をたたんで乗っている人も
身を低くかがめていないと通れない橋下を通ったり
冬場はコタツが登場し、コタツに入りながらの遊覧が出来ます。

周りの景色は、松江城はもとより
武家屋敷などの昔の趣を見せてくれる場所もあって
情緒あふれる遊覧が出来ます。
今は松江屈指の観光スポットになっているのです。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 14:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 山陰のいい事見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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