2006年08月28日

尼子の城

安来市広瀬町に月山富田城(がっさんとだじょう)の城跡がある。
城跡に行くには険しい山をくねくねと登っていく。
戦国時代。この富田城は難攻不落の城とされた。
当時この地方を治めていた尼子氏の城である。

尼子経久〜晴久〜義久の3代で
出雲・石見・隠岐など11ヶ国に勢力をひろげたが
尼子義久の時代、毛利元就によって滅ぼされた。
毛利もこの城を力攻めでは落としことが出来ず
結局兵糧攻めのすえ尼子が降伏した。

戦国時代の典型的な山城で
実際に月山に登ろうとすると結構大変です。
「七曲(ななまがり)」という坂を登っていくのです。
道も狭く力攻めは至難の技でしょう。

以前NHKの大河ドラマ「毛利元就」で
この尼子も脚光を浴び、多くの観光客が月山に訪れました。

尼子氏の武将のなかに
山中鹿之助幸盛(やまなかしかのすけゆきもり)という武将がいました。
御家再興を願った山中鹿之助の生き方が
講談として残り語り継がれています。

次回、山中鹿之助幸盛公のお話…
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 11:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 山陰のいい所見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私って結構歴史苦手なんで、勉強になりました。
ふむふむ尼子ねえ。
そういう歴史があったんですね。
次の山中鹿之助幸盛公が待ち遠しい。
Posted by まろん at 2006年08月28日 21:01
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