2006年08月29日

山中鹿之助

尼子氏の家臣であった山中鹿之助。
この山中鹿之助の出生から名将ぶりの資料は
豊臣秀吉の一代記「太閤記」の中に書かれていて
そこに書かれた何人かの武将達のなかで
最も多くのページをさいて書かれていたという。

この人の語った言葉で有名な言葉がある。
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」
と月に向かって祈った…そして
尼子晴久のもと、その名将振りを発揮した。
鹿之助は尼子氏滅亡後もその生涯を尼子氏再興に注いだとされる。
その執念はすさまじく多くの逸話を残している。

上のこの話、第2次世界大戦のころの学校教科書に
「三日月の誓い」という題名で載せられていたとか
忠誠を尽くすことを良しとする
そんな時代背景が感じられる。

今の時代、忠義忠誠を重んじる
などということは存在しなくなってきた。
鹿之助が活躍した戦国の時代に比べれば
どれだけ穏やかな時代なのだろうか。

今回、山中鹿之助についていろいろ調べてみました。
私も知らなかった多くのことを今回知りました。
記事を書くことで新たな知識を得ることができる。
それはとても楽しいことでした。
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posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 13:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 山陰のいい人見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」の言葉は
知っていましたが、それが山中鹿之助だったんですね。
つながりました!!ありがとうございます。
また期待しています。
Posted by まろん at 2006年08月29日 21:21
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