2006年09月29日

サルでもわかる「出雲神話」

今、私の知人が「出雲神話」について調べています。
状況を聞くとかなり進んでいる様子
私もインターネットを利用したりして「出雲神話」に関わる文献を調べたりしていますが、本当に奥が深い。
…というか分りにくいのです。

出雲神話には多くの神々が登場してくるのですが、
まず登場人物が結構多い。
振り仮名がないと名前が読めない。
文献によって同じ読みでも漢字が違う。(どれが本当?)
などなど、感想を挙げれば山ほどある。

子どもの頃、「因幡の白兎」という絵本を読んだ。
これも出雲神話のひとつなのだが、
こうした形で噛み砕いてわかりやすく出来ないものか。
私の知らないところで、わかり易くしたものがあるのかもしれないが…

今回その知人がそれをやってくれている。
誰にでも判る「出雲神話」を作っています。
それの「英語版」も作って、ホームページで海外にも紹介していこう
って考えているのです。

もうすぐ誰にでも判る「出雲神話」の原稿が見れそうです。
今とても楽しみにしているのです。
でも大変な作業なんでしょうね…お疲れ様です。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 10:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 山陰のいい人見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月29日

山中鹿之助

尼子氏の家臣であった山中鹿之助。
この山中鹿之助の出生から名将ぶりの資料は
豊臣秀吉の一代記「太閤記」の中に書かれていて
そこに書かれた何人かの武将達のなかで
最も多くのページをさいて書かれていたという。

この人の語った言葉で有名な言葉がある。
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」
と月に向かって祈った…そして
尼子晴久のもと、その名将振りを発揮した。
鹿之助は尼子氏滅亡後もその生涯を尼子氏再興に注いだとされる。
その執念はすさまじく多くの逸話を残している。

上のこの話、第2次世界大戦のころの学校教科書に
「三日月の誓い」という題名で載せられていたとか
忠誠を尽くすことを良しとする
そんな時代背景が感じられる。

今の時代、忠義忠誠を重んじる
などということは存在しなくなってきた。
鹿之助が活躍した戦国の時代に比べれば
どれだけ穏やかな時代なのだろうか。

今回、山中鹿之助についていろいろ調べてみました。
私も知らなかった多くのことを今回知りました。
記事を書くことで新たな知識を得ることができる。
それはとても楽しいことでした。
posted by よねちゃん徒然(つれづれ) at 13:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 山陰のいい人見〜つけた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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